については、かれこれと、やかましくいう奴もあるにはあったが、わしが行ってお役人を口説《くど》いて来ると、ああ、いいともいいとも、こっちを伐っていけなければあっちをお伐り、それでいけなければこっちをお伐り、いいとも、いいとも……で話が忽《たちま》ちに出来上ってしまったのさ」
半ぺん坊主が得意になっているところへ、例の神楽師の一行と七兵衛とが通りかかったので、坊主は酔眼をみはって、その一行をながめ、
「公儀お鷹匠《たかじょう》のような奴が通らあ、いや[#「いや」に傍点]にギスギスしてやがらあ」
といって半ぺん坊主は、半ぺんの残りを、さも旨《うま》そうに食べました。
二十五
高尾山ではこうして、山を崩したり、木を伐ったりして嬉しがっている一方、武州の御岳山の下では、水車番の与八がしきりに木を植えておりました。
与八は、「木を植えるのは徳を植えるなり」という理窟を知らない。ただ土地が明《あ》いていては勿体《もったい》ないから植えておこうという心がけで、木を植えて山を青くするそのことが楽しみなので。また何本植えて、何年たって、いくらに売れるということも知らない。植える傍から植えたことを忘れてしまって、育てることだけは忘れない。
木を育てることの好きな与八は、また人の子供を育てることが大好きです。郁太郎《いくたろう》を育ててみると、その苦しみのうちに、いうにいわれぬ楽しみがあって、子供というものはほんとうに可愛いものだと身に沁《し》みています。与八が、ほんとうに子供を可愛がるものですから、子供たちもまた、与八に懐《なつ》くことは大変なもので、いつも、与八の仕事をする周囲には、五人十人の子供が集まっていないということはありません。
郁太郎も、今では乳《ち》ばなれもしたし、人に預けなくても、遊びに来る子供が守《もり》をしてくれるから、自分の仕事もよく手が廻ります。仕事の合間、与八は海蔵寺の東妙和尚について、和讃《わさん》だの、経文《きょうもん》の初歩だのというものを教わります。それと共に、東妙和尚の手ずさみ[#「ずさみ」に傍点]をみよう見真似《みまね》で彫刻をはじめました。そこで、与八は学問の初歩と、美術の初歩というものにようやく興味を覚えてきました。
この興味は、与八をして教育の世界に、一つの驚異を見出させたようです。自ら教ゆる間のみが人を教ゆる
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