するのだろう」
「山を崩して何をするのだろう」
 いずれも合点《がてん》のゆかない体《てい》ですから、七兵衛が、
「車を仕掛けるのだそうでございます」
「車を仕掛ける……車をしかけてどないにしなさるのじゃ」
「車を仕掛けて、上り下りの都合のよいように致すのだそうでございます」
「じゃというて、あたらこの美しい樹木を伐り倒し、整うた山を掘り崩し……」
「つまり、お金儲《かねもう》けのためでございます」
「お金儲けのためでなければ、こんなところへ車を仕掛ける理由《わけ》がわかりません」
「けしからん」
 一行のうちの、最も無口で、背が低くて、眉宇《びう》の精悍《せいかん》なのが、掘崩しの前のところまで進んで出ました。
「惜しいものです、大木を惜しげもなく伐り倒し、山の形を掘り崩し……」
 七兵衛がいいますと、右の男がまたしても一歩進み出して、
「けしからん」
 七兵衛は一歩しりぞいて、この男の挙動を見ました。この男は本当に憤《おこ》っているようですから、人間は本当に憤ると、生地《きじ》を隠すことができないはずだと見たからです。
 掘り崩した崖《がけ》の上まで進み出た右の一人は、
「一体、その必要もなきところへ、金儲けのための無用の工事を加えるというのは、俗界にあっても許すべからざることであるのに、身、僧侶にありながら、多年、その山の恵みに生きながら、それを切り崩して金儲けをもくろむ[#「もくろむ」に傍点]とは言語道断《ごんごどうだん》……一体、仏寺なるものが、その祖師の恩恵によって過分の待遇を受け、広大な領分を持ち、諸方の勧化《かんげ》を貪《むさぼ》りながら、なおそれにあきたらず、開山以来、尊重したその山の樹木を伐り、山を崩して、金儲けをしようとは何事だ」
 空谷《くうこく》の中に立って、この男がこう叫びました。七兵衛は、よくいってくれた、もっと何かいって下さいという感じがしていると、
「誰がこの樹木を伐ることを許したのだ、誰がこの山を切り崩すことを許したのだ。ナニ、宮方《みやかた》の役人が……宮方の役人とは寺社奉行のことか。ここは江戸を距《さ》ること僅かに十余里、お膝元も同様なところではないか、寺社奉行の威光がここまでも及ばないのか……ナニ、一旦、向うの方の材木を伐って売り払い、そこがいけないから、今度はこちらを切りくずしにかかったのだと、山を何と心得ている」
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