大神楽《だいかぐら》みたように、軽々しくは通るまい。そうかといって、大神楽師にしては、この連中、品格があり過ぎる。家相山相を見ることに敏感な七兵衛は、また人相を見ることにも敏感なのは、商売柄ぜひもありません。
二十四
七兵衛はこの四五人連れの神楽師《かぐらし》を、只者ではないと睨《にら》みました。
いずれも、黒い着物を着て、博多《はかた》の帯をしめたところは、あたりまえの旅芸人のようにも見えますが、少し話をしてみれば直ぐにわかることで、ことに七兵衛のように諸国を飛び歩いている者には、国々のなまり[#「なまり」に傍点]が、争われない符帳《ふちょう》です。
そうかといって、めいめいの話を聞いていれば、やはり歌舞音曲に関することが多いので、この点は七兵衛も、ちょっと測り兼ねているところです。
「当山には、湯加僧正《ゆかそうじょう》という声明《しょうみょう》の上手がおられたげな」
と一座の長老がいう。
「湯加僧正は、このほど、京都の智積院《ちしゃくいん》へ帰られたそうな」
その次のがいう。
「それは惜しいことを致したわい、僧正がおられたら、お目通りをして声明秘伝《しょうみょうひでん》を伺いたいものと思うていました」
「残念なこっちゃ」
その話しぶりは、おのずから型に入っているが、それはこの連中だけで特にこしらえた型らしい。そういう型をこしらえたのは、つまり、おのおのの生れ国のなまり[#「なまり」に傍点]をゴマかすためだと、七兵衛が早くもかんづきました。
しかのみならず、この連中、よく見れば見るほど生え抜きの神楽師ではない。神楽師でないと思って見直すと、町人にも、百姓にも、そのほかの遊芸人にも見えない。どうしてもさむらい[#「さむらい」に傍点]である。さむらい[#「さむらい」に傍点]だなと思って見ると、面《めん》ずれ[#「ずれ」に傍点]もあれば、竹刀《しない》ダコ[#「ダコ」に傍点]も見えるというわけで、七兵衛は、とうとうこの連中を、上方から神楽師に仮装して、江戸へ乗込むものだと鑑定をしてしまいました。
そうしてみると、七兵衛のように、浪人たちの表裏をくぐって来た人間には、何の目的で、西から来て東へ下るのだか、おおよその見当をつけるに骨は折れません。
そこで、ひとつ探りを入れてみる気になりました。
「あなた方は、お江戸は、ドチラまでおいで
前へ
次へ
全144ページ中122ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング