とであります。
申すまでもなく、わが主人の専門は、西洋の兵術と武器とであります。その道においてはならぶもののないほどの新知識であって、同時に、そのころの西洋科学の粋を味わうことにおいては、人後に落ちなかったものです。
ですから、今も隠れて、専らその方面の研究に没頭しているものに相違なく、従って参考書に不足を感じたればこそ、こうしてわざわざ駈けつけたものに相違ない。
ところが、いま主人の抜き出している書物という書物が、みな一学の意表に出づるものばかりでありました。
「Logos《ロゴス》――これは理学の本でございますか」
「左様、道理とか言葉とかいうのだろう」
「Mani《マニ》――これは何を書いたものでございますか」
「マニ……土地の名か、或いは人の名ではないか」
「Hom−ousia――ホモウシアと読んでよろしうございますか」
「そう読むよりほかはあるまい、何の意味かわし[#「わし」に傍点]にもわからぬ」
「次は Monologion《モノロジオン》――これは、オランダ語でございますか、イギリス語でございますか」
「その原書はイタリーのものだそうだ、太宰春台《だざいしゅんだい》の独語といったようなもの、つまり感想録の一種だろうと思う」
「ははあ、これはイギリス語でございますな、イミタシアン・オブ・クリストと読みますか……」
「うむ」
「内容は何でございますか」
「何だかわからん」
「これは、ピリグリム・プログレスと読みますか、これには挿絵《さしえ》がたくさんございます」
「それは有名な小説だ」
「小説と申しますると、草双紙《くさぞうし》の類《たぐい》でございますか」
「そういうわけでもない」
「Socitas Jesu――綴りに従ってソサイタス・ジェスと読みます、ソサイタスは組合とでも申しましょうか、ジェスは……」
「人の名だ」
「ああ、これはヒストリー・オブ・プロスチチューション――」
駒井甚三郎の抜き取って渡す書物は、どれもこれも一学には意外千万であった。意味のわからない標題や、草双紙や、遊女売婦の歴史。兵書、兵学に関するものとては手にだも触れないで、またその次に漁《あさ》り出したのが、形は洋装になっているが、標題は漢字で、「約翰福音書《ヨハネふくいんしょ》」――
「あ、それは切支丹《きりしたん》の書物でございます」
一学がいうまでもない、これは千八
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