かと思うと、お角の胸が、またむしゃくしゃ[#「むしゃくしゃ」に傍点]する。いきなり、その美しい模様の縮緬の夜具蒲団をズルズルと引張り出して、その上にゴロリと寝そべり、
「梅ちゃん、梅ちゃん、済まないが煙草盆を持って来ておくれ」
腹這《はらば》いになって、お梅の持って来てくれた煙草を二三ぷくのみました。
暫くすると表格子で、
「今晩は」
「どなた」
おさらい[#「おさらい」に傍点]をしていたお梅が返事をしますと、
「入ってもようござんすか」
「金助さんですか」
「ええ、その金助でございますよ」
「お入りなさいな」
格子戸をガラリとあけて入って来たのは、金助に違いありません。
「梅ちゃん、親方は……」
「おかあさんはね……ちょっ[#「ちょっ」に傍点]とよそへ参りましたよ」
「え、留守ですか。留守で幸い、梅ちゃんの前だが、親方は怒ってやしませんか」
「いいえ、別に」
「金助の野郎、出入りを差止めるなんていいやしませんでしたか」
「そんなことはいいやしませんよ」
「それで安心……」
金助は大仰に胸を撫で下ろす真似をしながら、ソロソロと上り込みました。
この野郎も、おっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]のくせに、いいかげん図々しいが、それでも気がとがめるものがあると見えて、あらかじめ雲行きをうかがってから上り込むと、
「まあ、こっちへいらっしゃい」
お梅は火鉢の前へ座蒲団をすすめます。
「へ、へ、これは恐れ入りやす。梅ちゃん、お一人でお留守はさびしいでしょう」
「ええ」
「お稽古は何ですか」
「でたらめよ」
「驚きましたね、でたらめのお稽古とは」
「金助さんの前でやると、ボロが出るからよしましょう」
「ト、トンでもないことで……どうか一つ綺麗なところを、お聞かせなすって下さいまし」
「ははあだ、綺麗なところなんてあるものですか」
「御冗談でしょう、梅ちゃんも隅へ置けない、幾つになりました」
「知らない」
「梅ちゃん、あの福兄さんが、この間も、そ言ってましたよ、梅ちゃんが実が入《い》って、食べごろになったけれども、これ[#「これ」に傍点]が怖いからうっかり傍へ寄れないって」
金助が親指を出して見せると、
「ばかにおしでないよ」
お梅が腹を立って突き飛ばす。
「こりゃア、ちと荒っぽい、まともに鉄砲を向けられちゃたまりません、いくら金助がお粗末だからとい
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