ウん」
米友は、そこで円い眼をみはって、うん[#「うん」に傍点]とうなりました。
「早くおりておいでな、天樹院様のお墓の上へのぼって、何をなさるつもりなの」
卒塔婆小町の浮き出したような白髪の婆さんは、やさしく米友をたしなめると、
「エ、これが天樹院様のお墓か?」
塔の上で米友が叫びました。
そうそう、これほどに暮色がせまっていないならば、米友といえども、文字のある男だから、向う正面を、じっと見上げて立っていた時に、碑面にしるされた文字――
[#ここから1字下げ]
「天樹院殿
栄誉源法松山
大禅定尼」
[#ここで字下げ終わり]
が読めなかったはずはない。側面へまわれば「寛文六年二月六日」の忌日《きじつ》の文字までも瞭々《りょうりょう》と見えるはずであったのに――
二代将軍を父に持ち、豊臣秀頼を夫として、大阪の城に死ぬべかりし身を坂崎出羽守に助けられ、功名の犠牲として坂崎に与えられるべかりしを、本多|忠刻《ただとき》と恋の勝利の歓楽に酔って、坂崎を憤死せしめた罪多き女、その後半生は吉田通ればの俚謡《りよう》にうたわれて、淫蕩《いんとう》のかぎりを尽した劇中の人、人もあろうに宇治山田の米友は、この女のために、無用の力を絞っていました。
十八
両国橋の女軽業《おんなかるわざ》の親方お角は、その夕方自宅へ帰って来ると、早くも家の様子でそれと知って、歯ぎしりをして口惜《くや》しがったのは申すまでもありません。
「ちぇッ!」
と男のするように舌打ちをして、二階へ上って見る気にもならなかったのです。
「わかってる、わかってる、知恵をつけた奴はわかってるよ、何かにつけてケチをつけたがるあのおたんちん[#「おたんちん」に傍点]め、どうするか覚えていやがれ」
とののしったのは、当のお銀様のことではありません。また、お銀様に向ってよけいなことを喋《しゃべ》った金助のことでもありません。お角はそれを通り越して、いちずに向っているのがお絹のことです。こうしてお銀様を逃がしたのは、てっきり[#「てっきり」に傍点]お絹の指金《さしがね》にちがいないと、いちずに思い込んでしまいました。
もとより、これは前例のないことではない。いつぞやも、せっかく人気を集めた清澄の茂太郎を中途からかっぱら[#「かっぱら」に傍点]って、こちらに鼻を明かせたのもあいつの仕業《しわざ》
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