せん。要するに、万一の場合は、一行の中でいちばん弱いお雪を保護するのが急だと、
「お雪ちゃん、裏の方へまわって休んでおいでなさい……」
 場合によっては、この家の主《あるじ》に頼んで表戸を締め切ってもらおうと思いましたが、お雪はやっぱり気が気でなく、またも敷居の外へ出て見て、今度は、急に真青《まっさお》になり、
「あれ、大変です、斬合いが始まってしまいました、どうしましょう、どうしましょう、大勢して先生一人を殺そうとしています、かわいそうだわ、目の見えないものを、あの憎らしい人たちが寄ってたかって――」
と絶叫しました。
 この叫びで、久助も色を失って駈け出して見ると、お雪は夢中になって、
「誰か、助けて上げてください、四人と一人じゃ敵《かな》いませんわ、どんな強い人だって。まして目が見えないんですもの……あ、誰か倒れた、先生が斬られてしまった、見ていられない」
 お雪は両方の眼を両手でかくして、久助へよろけかかりました。

         十四

 次の恐怖がほどなくこの一軒家へ襲うてくる。逃げられなければ隠れるほかはない。隠れおおせないまでも――
 久助は、目をふさいで凭《よ》りかかったお雪を抱き込んで、
「戸、戸、戸を締めて下さい……」
 そこで、この家の主人《あるじ》が先立ちで、駕籠屋、馬方など避難の連中が、ビシビシと戸を締めきり、内から枢《くるる》を卸した上に、心張《しんばり》をかい、なお、万一の時の用意に、慶長年代の火縄の鉄砲を主は持ち出し、駕籠屋は息杖《いきづえ》をはなさず、馬方は手頃の棒を持っていました。
 久助とお雪は、裏口へまわって物置の蔭に小さくなって、
「だから、先生を馬から下ろさなければよかったのに……」
「だって、下りてしまったんだから仕方がねえ」
「きっと、ここへやってくるわ、もし、この家をこわしてしまったら、どうしましょう、逃げ出したって一筋道だから、捉まるにきまっているわね」
「ここの主人《あるじ》が鉄砲を持っているから、安心しなさいよ」
 けれども、事実、その鉄砲がどのくらい威力あるものだか覚束《おぼつか》ない。
 今や、締めきった戸を割れるばかりにたたくもののあることを期待し、それが、いよいよ戸を押し破ったなら、その時こそ最後……と腹をきめるよりほかはない。
 お雪は、久助の懐ろに息を殺している。
 ところが、おそい来るべきは
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