、こんなことを言い出したから茂太郎も、さすがにその悠長に呆《あき》れました。呆れながらまた弁信らしい願いであると思いました。
「弁信さん、お前がその気なら、あたいだっていやとは言わないよ」
この二人は、木茅《きかや》に心を置く落人《おちうど》のつもりでいるのか、それとも道草を食う仔馬《こうま》の了見でいるのか、居候から居候へと転々して行く道でありながら、こし方も、行く末も、御夢中であるところが子供といえば子供です。
陰暦十六日の月があがった時分に、この二人は相携えて、武蔵の国の総社、六所明神の社の庭へわけいりました。
八
六所明神の前にむしろを敷いて弁信法師は、ちょこなんと跪《かしこ》まり、おもむろに琵琶を取り上げてキリキリと転手《てんじゅ》を捲き上げると、その傍らに介抱気取りで両手を膝に置いて、端然と正坐しているのが清澄の茂太郎です。
こっそりと入って来たから、誰も知る者はありません。
あらかじめ二人の間に約束があったと見えて、琵琶はただちに曲に入りました。その弾奏は自慢だけに、堂に入《い》ったところがあります。大絃《だいげん》は※[#「口+曹」、第3
前へ
次へ
全338ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング