の紋のついた提灯をつけて、お附添のさむらい[#「さむらい」に傍点]衆が四五人、もっともその中の一人のお方が、さむらい[#「さむらい」に傍点]姿でない棒を持ったお方と、こうお尋ね申しているんでございます」
「うむ、それか、それならば、たった今、ここを通った」
「有難うございます」
 喜んで駈け出した旅人風の後ろ影を見送ると、その男の足の迅いこと、右の肩から腕へかけて、急にすべり過ぎている姿勢《なり》恰好《かっこう》。
「はて……」
 乗物が怪しい! その瞬間に兵馬の頭脳《あたま》にひらめいたのがそれです。その途端に、鳥居の後ろからそろそろと人の姿が現われて、
「兵馬様、兵馬様」
と呼ぶ声。それは七兵衛の声です。
 例によって、笠をかぶって合羽を着た旅装の七兵衛は、鳥居の裏から出て来て、
「兵馬様、私はさいぜん[#「さいぜん」に傍点]から残らずこっちで承っておりました、山崎先生のおっしゃることが、いちいち御尤《ごもっと》もに聞えますると共に、あなた様の御身について、合点《がてん》の参らぬ節《ふし》が多いようでございます、それを少しばかり、七兵衛にお聞かせ下さいまし」
といって、兵馬とは向い合った鳥居の台石に腰をかけると、兵馬は、
「ああ、自分で自分の心がわからぬ」
「いったい、お前様は、ほんとうに山崎先生をお斬りになる御了見《ごりょうけん》なんでございますか。それはたしかに山崎先生にもおわかりにならないように、私共にも一向|解《げ》せないことでございます。なお、山崎様のおっしゃるところを聞いておりますると、お前様は、このごろ、吉原へしげしげおいでになるとやら、そこへ図星を差した山崎先生のおめがねは、見上げたものだと七兵衛も感心致しました。悪所の金に詰まって、心にもない人の頼みをお受けになって、由《よし》ない人を討とうとなさるお前様とは存じませぬが、いかなる人も女に迷うと人間が変ります、もしお金がいりようでございましたら、失礼ながらいくらでも、私の手で都合して差上げますから、軽挙《かるはずみ》なことはなさらぬように……と申し上げますと、口幅ったいようでございまするが、ともかく、お金で済むようなことでしたら、いつでも御遠慮なく、御相談を願いたいものでございます」
「いつもながら、そなたの親切は有難い。そういえば世間のことは、大抵は金で済むようなものじゃ、打明けていえば、拙者
前へ 次へ
全169ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング