で困ります。
 祇王祇女《ぎおうぎじょ》を淋《さび》しく歌っても、那須の与市を調子高く語り出しても、いっこう家並の興を惹《ひ》きません。道行く旅人の足をとどめることもできません。
 ある時は、祭文語《さいもんかた》りのために散々《さんざん》に食われて、ほうほうの体《てい》で逃げました。
「弁信さん、お前の平家は、根っから受けないねえ」
 府中の六所明神に近い大きな欅並木《けやきなみき》の下で、一休みした時に、さすがの茂太郎も、弁信法師の平家物語なるものに、そぞろ哀れを催してしまいました。
 ところが、弁信法師はそれほどにはしょげておりません。
「ねえ、茂ちゃん、平家というものは、本来流して歩くように出来ていないのだからね。お江戸の真中だってお前、平家を語って歩いて、それを聞いてくれる人は千人に一人もありゃしないよ。だからなるべくよけいの人に聞いてもらいたいと思うには、これじゃ駄目なんだよ。それで、あたしは琵琶をやめて三味線にし、平家の代りに浄瑠璃《じょうるり》をやってみたいと、ずっと前からそのつもりでいたけれどもね、気に入った三味線が手に入らないし、それから浄瑠璃もまだ人様の前で語れるほどに出来ていないから、やっぱり、まだこうして手慣れた琵琶をやっているのよ」
「だからお前、琵琶をやめて、急いで歩いた方がいいだろう」
「それでもねえ、黙って道を歩くよりは、何かの縁になるものだから、やっぱり、あたしは知っていることは人様に伝えた方がよかろうと思ってよ。人様があたしをお喋《しゃべ》りだという通り、あたしは知っているだけのことはみんな喋ってしまいたいし、聞いてくれ手があってもなくっても、覚えているだけの平家は語ってしまいたいのが、わたしの性分なんでしょう。それについて、ここはお前、武蔵の国の府中の町といって、この府中の町にはお六所様というのがあって、これが武蔵の国の総社になっているのです。あたしは今晩、そのお六所様のお宮の前で、平家を語ってお聞かせ申したいと思っていますよ。昨夜は十五夜でしょう、今夜は十六日ですからね、いざよい[#「いざよい」に傍点]のお月様をいただいて、あたしの拙《まず》い琵琶を神様へ奉納をして上げたいと思って、さいぜんからそのことを考えて来ました。日が暮れて月が上る時分まで待って、そろそろお六所様のお庭へ行ってみましょうよ」
 欅の根に腰をかけた弁信が
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