を米友が、救い出そうとするつもりか知らん。
例の不動尊の画像は刀でも差すように、腰へしっかと挿《はさ》んで、藪の中にある大木へ攀上《よじのぼ》りました。その大木の上から見下ろすと、鈴喜の家の庭から、開け放した間取りまでが手に取るようです。
庭は思いの外ひっそりとしていたが、その一方の隅の楓《かえで》の木の下に、後ろ手に結《ゆわ》かれているのは建具屋の平吉という人らしい。座敷の上には、お歴々の遠乗りの連中が食事の最中と見えて、誰も平吉を顧みる者がない。槍持の奴《やっこ》の姿も見えなければ、仲間連中も一人としてその番をしている者はありません。ああして木の根へ括《くく》っておけば、あえて番人を附ける必要はなかろうけれど、うっかりしているのは、問題の十文字の九尺柄の槍です。あれほど大事な槍が、ここでは無雑作《むぞうさ》にその楓の木へ、横の方から立てかけられてあるだけです。大木の上から事の体《てい》を一通り見下ろした米友は、その無雑作に立てかけられた十文字の九尺柄の槍を見ると、むらむらと悪戯心《いたずらごころ》が起りました。
問題の中心はあの男でなくて、あの槍であると思いました。それにからまった鎖紐の煙草入なぞは、もとより物の数ではないが、槍はたしかにあの連中のうちの表道具である。この場合、中へ飛び込んで、あの男を助けて来るのは容易なことではないが、あの槍を取り上げてしまうのは、さしたる難事ではないと気のついたのが、米友の悪戯心をそそったわけです。それをするには、ここから物置の屋根へ飛びうつって、母屋《おもや》の庇《ひさし》を渡り、そこに腹這《はらば》って手を延ばしさえすれば、楽々と槍を捲き上げることができる――と気がついてみると、それは面白い面白い、早く捲き上げて下さいと、槍の方で米友を手招ぎするように見え出したから堪りません。極めて身軽に米友は、大木の上から物置の屋根へ飛び下りてしまいました。
飛び下りた途端に帯をゆすぶって、腰に差していた不動尊の画像を背中へ廻し、そのままズルズルと走って母屋の庇へ出ました。庭では牡鶏《おんどり》が一羽、小首を傾《かし》げて物珍しそうに、米友の挙動をながめているだけです。
そこで米友は庇の上へ腹這いになって下をのぞいて見ると、食事を了《おわ》ったお歴々の連中は、しきりに比翼塚《ひよくづか》の噂をしているらしい。結《ゆわ》かれてい
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