緒の切れた下駄を藪《やぶ》の中へ抛《ほう》り込んで、さも口惜《くや》しそうに、「友さん、わたしがここで転んだことを、誰にも言っちゃいけないよ」と念を押しました。その時に米友は、「うむ」と固く承知すると、お角はなお、「言うと承知しないよ」と馬鹿念《ばかねん》を押しました。そこで米友は再び、「うむ」と力を入れて返事をすると、お角は、「けれども、お前はキット言うよ、お前の口から、このことがばれるにきまっているよ、もしそういうことがあった時は、わたしはお前をただは置かない……ただは置かないと言っても、わたしよりお前の方が強いんだから、してみると、わたしはいつかお前の手にかかって殺される時があるんだろう、どうもそう思われてならない」その意味がわからないから米友は、「何、何を言ってるんだ」と眼を円くすると、「転んだところを見た人と見られた人が、もし間違っても男と女であった時は、どっちかその片一方が、片一方の命をとるんですとさ」
お角がこんなことを言って自暴《やけ》のような気味であったことを米友は、もう忘れてしまっているに相違ない。しかし、お角の方では、多分それを思い出しているに相違ない。
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