、女もあろうに身分違いの女であったということ、わずかに、その賤《いや》しい女一人のために、あれほどの地位を棒に振って、半生涯を埋《うず》めてしまうような羽目《はめ》に陥っておしまいになったのが情けない。
 お家柄なら、御器量なら、男ぶりなら、学問武芸なら、何として一つ不足のないあの殿様は、その上に世にも美しい奥方をお持ちでありながら、その奥方はお美しい上に、やんごとなき公卿様《くげさま》の姫君でいらせられるというお話であるのに、それが、好んで身分違いの女をお愛しなさるということこそ、恋は思案のほかである。えらいお方ほど、女にかけては脆《もろ》いものか知らん。それとも駒井の殿様は、あんなお優しい御様子をしながら、やっぱりいかもの[#「いかもの」に傍点]食いでいらっしゃるのかも知れない。そうして世の常の女では食い足りないで、好んでお角のような女をお求めになるのかも知れない、というようなことまで船宿の夫婦は想像してみましたけれど、まさか、どういう御関係でございますと聞いてみるわけにもゆかず、そのままにしておりました。
 お角はまた、どんな心持で駒井甚三郎をしげしげと訪ねるのか知らん。そのしげ
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