ような面《かお》つきで万燈をながめていると七兵衛が、
「甚内様は、後廻しにして、両国へ行ってみようか」
「そうよなあ」
「久しぶりで会ってやりたかろう」
「そういうわけでもねえのだが、あいつがこうやって、俺の方に渡りをつけずに、花々しいことをやり出したとすると、ちっとばかり腑に落ちねえところがあるんだ」
「だって、札附きの無宿者のあとを追蒐《おっか》けて、いちいち相談をするというわけにもいかなかろうじゃねえか」
「そりゃそうだが、あいつの器量で、これだけのことをやり出したとすると、後立てがあるに違えねえ、あいつに相当の金を出してやろうという後立ては、まんざら色気のねえ奴とも思われねえんだ、そうだとすりゃ、どういう心持で、あいつがその御厚意を受けたか、その辺がちっと聞きものだ」
「こいつは、ちっとばかり嫉《や》ける」
 がんりき[#「がんりき」に傍点]がムズがゆい面をしていると、七兵衛があざ笑いました。

         九

 その晩のことでありました。両国橋の女軽業もハネて、楽屋の真中に大柄などてら[#「どてら」に傍点]を引っかけて立膝をしながら、長い煙管《きせる》で煙草を輪に吹い
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