の市中へ入ってしまいました。
江戸の市中へ入って、まもなく二人の姿は昌平橋の袂《たもと》へ現われました。いつぞや貧窮組が起った時に、貧民が群集して、お粥《かゆ》を煮て食べたところに、今日も人だかりがあります。その人だかりの真中に大きな万燈《まんどう》があって、その下で口上言いが拍子木を叩きながら頻《しき》りに口上を言っています。
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安房の国
清澄の茂太郎は
幼い時に
父母に死に別れ……
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口上言いが、甘いような、憐れっぽいような、一種異様な節で、歌ともつかず、口上ともつかぬことを言っていました。
がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、それを聞きながら、ふと万燈の表を見ると筆太に、
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「清澄の茂太郎」
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と書いてある右の方へ持って行って、
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「両国橋女軽業大一座」
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とあったから、ちょっと妙な気持になっていると、七兵衛が、
「百、ありゃ、お前の女房がやってるらしいぜ」
「そうだなあ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]も、なんだか、ムズがゆい
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