「拙者はこの附近に住居《すまい》致す者でござるが、そういう御身は、いずれよりおいでなされた」
 そこで、提灯の間に、二人の面《かお》が合いました。いずれも覆面はしておりません。微《かす》かながら提灯の光は、二人の面差《おもざし》を映し出すに充分でありました。
「おお、其許様《そこもとさま》は駒井能登守殿ではござりませぬか」
 少年は、驚き呆《あき》れた音声です。
「宇津木君ではないか」
 駒井甚三郎もまた呆れ面《がお》です。この少年は宇津木兵馬でありました。駒井甚三郎と宇津木兵馬との会見は、滝の川の西洋火薬製造所以来のことでありました。
 二人はまた意外のところで、意外の奇遇を喜びました。兵馬の語るところによれば、兵馬は、ついこの川向うの相生町の老女の家にいて、今夜は同宿の三人のさむらいを尋ねて、このところまで来たということであります。
 その三人の同宿というのは、某藩の士分の者であるが、近頃、老女の家に寄寓して、番町の斎藤の道場へ通っておりました。しかるにこの三人が、どうも辻斬がしたくてたまらない様子が見える。近頃しきりに両国橋あたりに辻斬があるとの噂《うわさ》を聞いて、どうも腕が
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