干に取縋《とりすが》った、ついその隣は、例のしがみ[#「しがみ」に傍点]ついた屍骸でしたから、慄《ふる》え上って飛び退きました。
「駒井の殿様、あんまり進み過ぎて、お怪我のないように」
寅吉は橋を渡りきることができないでいたが、駒井甚三郎は頓着なく、橋の向うの板留まで歩いて行きました。
そこで、ゆくりなく拾い上げたのは一口《ひとふり》の刀であります。それを駒井が提灯の光で見ている時、今まで眠れるもののように静かであった大川の水音が、遽《にわ》かにざわついてきました。潮が上げて来たものでもなく、雨が降り出したわけでもなく、水の瀬が開ける音がしたのは一隻の端舟《はしけ》が、櫓《ろ》の音も忍びやかに両国橋の下を潜って、神田川へ乗り込み、この辺の河岸《かし》に舟を着けようとしているものらしい。拾い上げた刀を見ていた駒井は、早くもその舟を認めました。刀を照らした提灯の光で、今時分、河岸へつけようとした怪しの舟の何者であって、どこから来たものであるかを確めようとしました。
それを怪しいと見たのはおたがいのことで、ここまで乗りつけて来た小舟の船夫《せんどう》はまた、櫓を押すことを休めて、橋上を
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