れているところを見れば、またかなりの名画と見なければなりません。
 日頃、ここに掛けられてあったのを、竜之助はもとより見ず、米友だけが毎日見ていたけれども、この男は別段に不動尊の信者ではありません。
「いやに怖《おっ》かない面《つら》をしている奴だな」
 米友は、時々、こんなことを考えて画像を見るくらいのものでありましたが、今は室内を見廻した眼がギックリとそこに留まると米友が戦慄しました。米友をグッと睨みつけている現青黒影大定徳不動明王《げんしょうこくぎょうだいじょうとくふどうみょうおう》の姿はまさしくたった今、夢に現われたその者の姿に紛《まぎ》れもないことです。米友は不動尊の画像を睨めて、我と慄《ふる》え上りました。
 米友が不動尊の像を睨んでいる時に、裏の雨戸をホトホト叩く音がしました。
「モシ」
 微かながらも人の声がしました。
「はてな」
 米友が思案に暮れたのは、もしや竜之助が帰ったのではあるまいかと思ったそれが、まさしく女の声であったからであります。
「もし」
 そこで立ち上って、雨戸の傍へ行って、
「誰だエ」
「もし、少々、ここをおあけ下さいまし」
「お門違《かどちが》い
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