こで弁信は、三味線をさしおいて、琵琶の修繕にとりかかりました。
「いかがでございます、先生、明晩あたりは町へお出かけになってごらんになりませんか、お伴《とも》を致しましょう。あなた様が短笛を鳴らしてお出かけになりますならば、私が……左様、琵琶はまだ出来上りませんし、三味線では、うつりが悪うございますから、私も、やはり短笛を吹いてお伴を致しましょう。明晩はお天気もよろしうございまして、それにお月夜でございます。時々は、外へおいでになることがおたがいさまに保養でございます。月に浮れて、お江戸の市中を、尺八の音を流して歩くのは、風流ではございませんか」
弁信がこう言って相談をかけると、
「出かけてもいいな」
というのは竜之助の返事でありました。
けれどもその明晩は、そのことが実行されませんで、それから三日目の晩、この二人の盲目が相連れて、染井の屋敷をふらりと出かけました。竜之助は、そのころ市中を歩く虚無僧《こむそう》の姿をして、身には一剣をも帯びておりません。弁信は例のころも[#「ころも」に傍点]を着て、法然頭《ほうねんあたま》を網代笠《あじろがさ》で隠しておりました。二人ともに杖は持た
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