い方の吹くのと、眼の見える方の吹くのとは、私にはよくわかるのでございます。ところが、同じ眼の見えないに致しましても、そのお方の眼の見えないのと、私の見えないのとは性質《たち》が違うんでございますね。わたくしの眼は、全くつぶれてしまった眼でございますが、その方のは、どうかするとあきます、再び眼があくべきはずのものを、あかせて上げることができないのでございます。それですから、わたくしの眼は、全く闇の中へ落ちきった眼でございますけれど、そのお方のは、天にも登らず、闇にも落ちない業《ごう》にからまれた眼でございます。それに、わたくしが、どうしても不思議でたまらないと思いますのは、前に、わたくしはその方と一度、逢ったことがあるんでございます。どうしてそれがわかったかと申しますと、駕籠の中で咳をなすった時に気がつきました。いつぞやの晩、神田の柳原の土手というところを通ります時分に、わたくしは怖いものに出会《でくわ》しました、怖ろしいことをして、人を嬲殺《なぶりごろ》しにしているお方がありました、その方が、つまり今夜、尺八を吹いて、駕籠に揺られてこちらの方へおいでになった方なんでございます。その尺八
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