ないのみならず、いまさら浅ましさを感ぜずにはおられません。人の力で自由にされたものに、そっと忍んで逢瀬《おうせ》を楽しむというような気にはなれません。女がそれをあたりまえのことのように心得、むしろ手柄のように思っていることが、兵馬には歯痒《はがゆ》くてたまりません。世話になって身を任せる人と、可愛がって楽しむ人とを区別して、平気でその間を取って行くことは、この社会に生い立った女には、ぜひもない観念かと思えば浅ましい。かりそめにも二人の間に本当の愛情があるならば、この際その商人とやらの身請け話を断わらせて、自分の力で万事をしてやらなければ、女の面目を立ててやることも、自分の面目を立てることもできないのだと思われてたまりません。そこへ来ると、自分になければならないことは、右の大商人とやらが積んで身請けをしようとするだけの金を、自分も持っておらなければならぬこと、そうでなければ南条力の力にたよって、非常手段を決行するのみです。その時に兵馬は、南条から頼まれた義理合いずくの交換条件を思い起しました。
「どうあってもこのままには置けない、よろしい、山崎譲を手にかけよう」
 ついに兵馬の決心がここ
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