鳴ってたまらないらしい。三人が相談してこの二三日、夜な夜な出歩きをすることが兵馬の眼にもよくわかりました。
 兵馬の眼から見れば、彼等はまだまだ辻斬をして歩く腕ではない――別段に、辻斬をして歩く腕というのがあるべきはずのものではないけれど、どうも剣呑《けんのん》に思われてたまらなかった。しかし、兵馬は自分も夜な夜な出歩くことが多いことによって、彼等の相談に乗る隙もなかったし、それを忠告する余裕もありませんでした。
 今夜、夜更けて染井方面から帰るとて、両国橋の上で、兵馬は、ふと彼等三人とすれ違いになりました。彼等は兵馬を見ると、逃げるようにして通り抜けるから、それを見送って兵馬はやり過しはしたけれど、また好奇心にも駆られ、心配にもなって、わざと引返して彼等のあとをつけてみようと、広小路まで来たけれども、ついにそこで三人の姿を見失ってしまったということでした。
 一旦、郡代屋敷の方面へ行って見た後に、また引返して、柳橋の方へ出て見ると、そこの橋上に立っている人がある。提灯こそ提げているが、手に抜刀《ぬきみ》を携えている事の体《てい》が尋常でない。そこで誰何《すいか》してみたその人は、元の駒井能登守であった。
 という話の筋を聞いて駒井甚三郎が、なるほどと思い、
「橋の上に一人、船宿の前に一人、都合二人だけ斬られている、もしや、そなたの尋ねる人かも知れぬ、検分なさるがよい」
 甚三郎が先に立って、提灯を照らして兵馬を導いたところは、まず橋の欄干に蝉のぬけ殻のようになって、しがみ[#「しがみ」に傍点]ついている一人のさむらいです。
「あ、これだ、これに相違ござりませぬ、これは田村左四郎と申す某藩の士でござりまする。ああ、無惨なことを致しました」
 兵馬は眉をひそめて、後ろ袈裟に斬られた田村の無惨な殺され方をながめていましたが、
「さて、もう一人はこちらに、真甲《まっこう》を割られている」
 駒井は橋を渡り返して、かの船宿の前へ来て見ると、前に言う通り、真甲の傷を手拭で押えたまま、刀を投げ出して仰向けに倒れています。
「あ、これは多賀六郎と申す某藩の者、以前は蜊河岸《あさりがし》の桃井《もものい》の道場で、相当の腕利《うでき》きでござりましたのに」
 兵馬は、やはり無惨極まる思い入れで、その斬られぶりをよく見ておりましたが、
「して、もう一人、余語《よご》と申すやはり某藩の
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