駒井甚三郎は提灯を高くして、その少年の姿を見ようとしたけれど、やはり充分に光が届かないのが残念です。
「いかにも、私には三人の連れの者がありました、途中においてその者の姿を見失いたるが故に心許《こころもと》なく、これまで追いかけて参りました」
「おおその三人は……ここに斬られている、多分、これらの人たちがそれではないか」
「ええ?」
 離れている少年は、その時に、つつと橋板の方まで馳《は》せ寄って来ました。しかしながら、刀の鯉口は切って、寧《むし》ろ、駒井甚三郎を斬らんとして飛びかかって来るもののようです。駒井は提灯を楯《たて》に、その鋭鋒を避けんとするものであるかの如く見えます。
「その斬られた人々は、いずれにござります」
「これへおいであれ」
 甚三郎は自身、橋の上へ引返して案内しようとする。それと並び寄るかのように少年は、刀の柄《つか》に手をかけて、
「貴殿はそもそも、いずれのお方でござる」
 こう言って詰問の体《てい》であります。返答の出ようによっては、たちどころに斬ってかかろうとする事の体でありました。駒井甚三郎は提灯をかざして、やはり、その少年の鋭鋒を避けるようにしながら、
「拙者はこの附近に住居《すまい》致す者でござるが、そういう御身は、いずれよりおいでなされた」
 そこで、提灯の間に、二人の面《かお》が合いました。いずれも覆面はしておりません。微《かす》かながら提灯の光は、二人の面差《おもざし》を映し出すに充分でありました。
「おお、其許様《そこもとさま》は駒井能登守殿ではござりませぬか」
 少年は、驚き呆《あき》れた音声です。
「宇津木君ではないか」
 駒井甚三郎もまた呆れ面《がお》です。この少年は宇津木兵馬でありました。駒井甚三郎と宇津木兵馬との会見は、滝の川の西洋火薬製造所以来のことでありました。
 二人はまた意外のところで、意外の奇遇を喜びました。兵馬の語るところによれば、兵馬は、ついこの川向うの相生町の老女の家にいて、今夜は同宿の三人のさむらいを尋ねて、このところまで来たということであります。
 その三人の同宿というのは、某藩の士分の者であるが、近頃、老女の家に寄寓して、番町の斎藤の道場へ通っておりました。しかるにこの三人が、どうも辻斬がしたくてたまらない様子が見える。近頃しきりに両国橋あたりに辻斬があるとの噂《うわさ》を聞いて、どうも腕が
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