いているように、ズルズルと引張っては、またはなしてしまい、また引張っては離れ、離れては引張り、引張っているうちに自分の腰が砕け、砕けた腰がまた箝《はま》ると、揉手《もみで》をして取りつき、右が入って抱き込んだかと思うと、勝手が悪いと見えて捲き直してみたり、諸差《もろざ》しになったから、もうこっちのものと思っている途端に、また自分の腰がグタグタと砕けて、力負けをしてしまったり、本人は一生懸命のつもりだろうが外目《よそめ》で見れば、屍骸を玩具《おもちゃ》にして四十八手のうらおもてを稽古しているようで、見られたものではありません。
けれども、この独《ひと》り角力《ずもう》も、もうヘトヘトに疲れきって道庵は、屍骸の腋《わき》の下へ頭を突込んだかと思うと、やがてグウグウ鼾《いびき》を立てて寝込んでしまいました。
四
一方、駒井甚三郎は、船宿の表の戸に突き当った物音を聞くと、沈着な人に似合わず、立ち上って、それを諫止《かんし》しようとする寅吉に提灯をつけさせ、二階の梯子を下りて、表口の戸をあけて外へ出ました。戸をあけて一歩外へ出ると、紛《ぷん》として血の香いが鼻を撲《う》ちます。
甚三郎が提灯を突きつけて見ると、つい土台石の下にのめ[#「のめ」に傍点]っている一つの血腥《ちなまぐさ》い死骸があります。長い刀は一間ばかり前へ投げ出しているのに、左の手では手拭を当て、額をしっかりと押えて、その押えた手拭の下から血が滲《にじ》み出して面《おもて》を染めているから、その人相をさえしかと認めることはできないが、まさしく相当のさむらいであります。
駒井甚三郎は、傍へ差寄って検《しら》べて見ると、すーっと額《ひたい》から眉間《みけん》まで一太刀に引かれて、あっと言いながら、それを片手で押えて夢中になって、ここまで、よろめいて来たものと見えます。よろめいて来て、人の家の戸口と知って、刀を抛《ほう》り出して、その手で戸を二つ三つ叩いたのが最後で、ここに打倒れて、そのままになったものに相違ないと思われます。
もはや、どうしようにも手当の余地はないと見た駒井甚三郎は、関《かかわ》り合《あ》いを怖れてそのまま戸を閉じて引込むかと思うと、そうでなく、提灯を持って、スタスタと柳橋の方へ進んで行きました。寅吉も、駒井が出て行くのに自分も隠れていられないから、甚三郎のあとを追お
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