い夢なんぞを、なんだって、こんな時に夢なんぞが出て来たんだろう。あんな夢を見ている間に出し抜かれてしまったのだ。
 あまりのことに米友も、一時は声を揚げて泣いたけれども、いつまでも泣いている男ではない、雄々しく帯を締め直して、枕許に置いた例の手槍を手に取ってみたが、どうしたものか、急にまた気が折れて、手槍を畳の上へ叩きつけると、自分は、どっか[#「どっか」に傍点]と行燈の下へ坐り込んでしまいました。
「いやだなあ」
 米友は苦《にが》りきって、行燈の火影《ほかげ》に薄ぼんやりした室内を見廻した揚句に、ギックリと眼を留めたそれは、床の間の掛軸です。
「こいつだ、こいつだ、こいつが夢に出て来やがったんだ」
 米友がこいつだと言ったのは、勿体《もったい》なくも大聖不動尊《だいしょうふどうそん》の掛軸でありました。かなり大きな軸であるが、ずいぶん煤《すす》け方がひどいものであります。しかしながら、右手に鋭剣をとり、左手に羂索《けんさく》を執り、宝盤山の上に安坐して、叱咤暗鳴《しったあんめい》を現じて、怖三界《ふさんがい》の相を作《な》すという威相は、その煤けた古色の間から燦然《さんぜん》と現われているところを見れば、またかなりの名画と見なければなりません。
 日頃、ここに掛けられてあったのを、竜之助はもとより見ず、米友だけが毎日見ていたけれども、この男は別段に不動尊の信者ではありません。
「いやに怖《おっ》かない面《つら》をしている奴だな」
 米友は、時々、こんなことを考えて画像を見るくらいのものでありましたが、今は室内を見廻した眼がギックリとそこに留まると米友が戦慄しました。米友をグッと睨みつけている現青黒影大定徳不動明王《げんしょうこくぎょうだいじょうとくふどうみょうおう》の姿はまさしくたった今、夢に現われたその者の姿に紛《まぎ》れもないことです。米友は不動尊の画像を睨めて、我と慄《ふる》え上りました。
 米友が不動尊の像を睨んでいる時に、裏の雨戸をホトホト叩く音がしました。
「モシ」
 微かながらも人の声がしました。
「はてな」
 米友が思案に暮れたのは、もしや竜之助が帰ったのではあるまいかと思ったそれが、まさしく女の声であったからであります。
「もし」
 そこで立ち上って、雨戸の傍へ行って、
「誰だエ」
「もし、少々、ここをおあけ下さいまし」
「お門違《かどちが》い
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