らないまでも、その為すことを黙許しなければならない制裁ですから、立って見ている者のうちにも、必ずやかわいそうだと思う人も、一人や二人ではあるまいけれど、それを、どうとも口出しのできない性質《たち》のものでした。たとえ、役人たちが通りかかっても、それと聞いては、見て見ぬふりをするよりほかはない種類の制裁に属するものでありました。
 言うまでもなく不義をした男女です。男には女房があるかないか知れないが、女には確かに夫のある身です。その道ならぬ恋を重ねて露《あら》われた時に加えらるる制裁は、時によりところによっては、非常な惨酷な私刑となって現われて来ることがあります。二人は、その哀れむべき、憎むべき犠牲であってみれば、この場合に弁信|風情《ふぜい》が取付いたとて、詮方《せんかた》のないものであります。
「いけません、いけません、お前さん、こんなところへ来るものではありません」
 温和《おとな》しい年寄株の者が、弁信を抑えました。
「ですけれども、かわいそうでございます、大勢して二人の者をお苛《いじ》めなさるのはかわいそうでございますから、なんとかして上げたいものでございます、当人があの通り、わたしどもが悪いから殺して下さいと、あやまっているではございませんか、あやまっている者を殺したって仕方がないではございませんか」
 弁信は提灯を振りかざしながら、しきりにその人に縋《すが》りついて、もがきました。
「お前さんにはわからない、ああしてやらなければ、みんなのためにならないのです、だから誰もお詫《わ》びをしてやろうというものは一人もないのだ、それでいいのだから、引込んでおいでなさい」
 そう言って温厚なのは離れて弁信をなだめているが、血気なのは男女を取って押えて、その見せしめのためというはずかしめを与えんとしていますが、盲目である弁信には、その振舞がわかりません。しかしながら、暗い中の一方には焚火がしてあって、その明りで見ると、光景は狼藉《ろうぜき》にして酸鼻を極めたものと言うべきです。
 男女二人をこの原まで誘《おび》き出して来て、泣いて拒《こば》むのをむりやりに、一糸もつけぬ素裸《すはだか》に剥《む》いてしまったものか、これから剥こうとするものかして、揉み合っているところです。遠く囲んでいる見物の者は、息を凝《こ》らしてその体《てい》をながめて一語を出す者もありません。

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