ちぶ》れておいでなさることも夢のようだし、その殿様と自分が、こうして膝つき合わせて友達気取りでお話をしているのも疑えば際限がないし、美しい男に化けるのが上手だという三吉狐が、もしや駒井の殿様に化けて、わたしを引っかけているのではなかろうか。それにしては、あんまり念が入《い》り過ぎる。そんなにしてまで、わたしを化かさなければならぬ因縁がありようはずはない……お角はいよいよ気味が悪くなってきた時に、今度は自分の坐っている縁の下で、ミシミシと一種異様な物音がしましたから、
「あれ!」

と言って甚三郎の傍へ身を寄せました。
 それは確かに、縁の下を物が這《は》っている音であります。
 その時に駒井甚三郎は、懐中へ手を入れると、革の袋に納めた六連発の短銃を取り出しました。
 お角は、駒井甚三郎なる人が、砲術の学問と実際にかけては、世に双《なら》ぶ者のない英才であるということを知りません。また、大波の荒れる時にはあれほどに気象の張った女でありながら、稲荷様の祟《たた》りというようなことを、これほどに怖がるのを自分ながら不思議だとも思いません。
「わたし、なんだか怖くなりました」
 こう言って、甚
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