の、それがどうしたの」
 甚三郎は、女の昂奮をなだめようとします。
 駒井甚三郎は、ここでこの女から、己《おの》れの前身を聞かされようとは思いませんでした。女をなだめながら、もしやとその面《おもて》を熟視しましたけれども、どうも心当りのある女とは受取ることができません。
「わたくしは、あの時から殿様のお姿を決して忘れは致しません」
 女は何かに感激しているらしい声でこう言いましたから、甚三郎は、
「あの時とは?」
「それはあの、甲州へ参ります小仏峠の下の、駒木野のお関所で……」
「ははあ、なるほど」
 ここにおいて駒井甚三郎は、さることもありけりと思い当りました。そうそう、初めて甲州入りの時、一人の女が血眼《ちまなこ》になって、手形なしに関所を抜けようとして関所役人に食い留められた時、駒井能登守の情けある計らいで、わざと目的地の方の木戸へ追い出させたことがある。それだ、その女だなと思いましたから、
「拙者はトンとお見忘れをしていた。そなたは、あれから無事に、尋ねる人を探し当てましたか」
「はい、おかげさまで……かなり長い間、甲州におりました。その間も、よそながら殿様のお姿をお見かけ申し
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