しまったところなどは、皮肉でなくて何だろう。見給え、どこを見てもかすり傷一つもないよ、着物も形だけはひっかかっているし、帯も結んだ通りに結んでいる、水も大して呑んじゃいない」
駒井甚三郎は、女そのものを救おうとか、助けなければならんとかいう考えよりは、こうまで無事に持って来て、置いて行かれたことの不思議だか、いたずら[#「いたずら」に傍点]だか、波に心あってでなければ、とうてい為し難い仕事のように思われることに好奇心を動かされて、ほとほと呆《あき》れているようです。
この時分になって清吉も、漸く知恵が廻って来たらしく、
「そうですね、ほんとにわざっとしたようですね」
と言いました。
「ともかく、早くこれを番所まで連れて行って、手当をしようではないか」
「エエ、わたしが背負《おぶ》って参ります」
清吉は女の手を取って引き起し、それを肩にかけました。
六
それから三日目の夕暮のことでした。駒井甚三郎は鳥銃を肩にして、西岬村《にしみさきむら》の方面から、洲崎《すのさき》の遠見の番所へ帰って見ると、まだ燈火《あかり》がついておりません。こんなことには極めて几帳面《
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