人相撲《しろうとずもう》があって、山上は人で埋まりましたけれど、それは三日前に済んで、あとかたづけも大方終ってみると、ひときわひっそり[#「ひっそり」に傍点]したものであります。
周囲四丈八尺ある門前の巨杉《おおすぎ》の下には、お祭りの名残りの塵芥《じんかい》や落葉が堆《うずたか》く掻き集められて、誰が火をつけたか、火焔《ほのお》は揚らずに、浅黄色した煙のみが濛々《もうもう》として、杉の梢の間に立ち迷うて西へ流れています。その煙が夕靄《ゆうもや》と溶け合って峰や谷をうずめ終る頃に、千光山金剛法院の暮の鐘が鳴りました。
明徳三年の銘あるこの鐘、たしか方広寺の鐘銘より以前に「国家安康」の文字が刻んであったはずの鐘、それが物静かに鳴り出しました。その鐘の声の中から生れて来たもののように、一人の若い僧侶が、山門の石段を踏んでトボトボと歩き出しました。
身の丈に二尺も余るほどの金剛杖を右の手について、左の手にさげた青銅《からかね》の釣燈籠《つりどうろう》が半ば法衣《ころも》の袖に隠れて、その裏から洩れる白い光が、白蓮の花びらを散らしながら歩いているようです。
身体《からだ》はこうして人並
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