、あたしゃ、この暴風《しけ》というやつが性《しょう》に合わねえのさ。だからいったい、船は嫌いなんですがね、都合がいいもんだから、つい、うっかりと乗る気になって、こんなことになっちゃったんでさあ。困ったなあ。どうでしょう、皆さん、間違いはありゃしますまいねえ」
 おどおどした声で不安を訴えるものがあると、また一方から、
「なあに、大したことがあるもんですか、どっちへ転んだって内海《うちうみ》じゃございませんか、これだけの船が、内海で間違いなんぞあるはずのものじゃございませんよ」
 存外おちついた声でそれをなだめるものもあります。
「ですけれどもねえ、内海だからといって風や波は、別段にやさしく吹いてくれるわけじゃありますまいからね。昔、日本武尊様《やまとたけるのみことさま》が大風にお遭いになったのはこの辺じゃございますまいか。あの時だってあなた……あの通りの荒れでござんしょう」
 情けない声をして、太古の歴史までを引合いに出してくるから、
「ふ、ふ、ふ、あの時はあの通りの荒れだったといったってお前さん、あの時の荒れを見て来たわけじゃござんすまい、第一あの時代と今日とは、船が違いまさあ、船が
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