枚板を立てかけて、酔眼を開いてそれを見据えていると、傍に、よく肥った奴風《やっこふう》の若いのが、片肌ぬぎでしきりに墨を摺《す》っています。
「殿様、うまくひとつ書いてやっておくんなさいましよ、贔負分《ひいきぶん》にね」
「ふーん」
神尾は鼻であしらいながら、筆立の中から木軸の大筆を取って、ズブリと大硯《おおすずり》の海の中へ打ち込みました。
「無駄を言うな」
「だって、後見がうまくなけりゃ太夫が引立たねえや。さあさあ、殿様の曲芸、米※[#「くさかんむり/市」、第3水準1−90−69]様《べいふつよう》の筆を以て、勘亭流《かんていりゅう》の看板をお書きになろうとする小手先の鮮《あざや》かなところに、お目をとめられてごろうじろ」
「馬鹿」
神尾は大奴《おおやっこ》の無駄を軽く叱って、板の面《おもて》を目分量して字配《じくば》りを計りながら、硯の海で筆をなや[#「なや」に傍点]しておりましたが、やがて板へぶっつけに、「江」という字を一息に書いてしまいました。
「うまい!」
大奴が半畳《はんじょう》を入れると、神尾は苦笑《にがわら》いして、
「気が散るからだまってろ」
と言って、今度は
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