しこ》まった子供の背後《うしろ》へ廻って見るとなるほど、その小さな両手を後ろに合せて、麻の細い縄で幾重《いくえ》にもキリキリと縛り上げてありました。
お角は一生懸命にその結び目を解いてやろうとして焦《あせ》ったが、容易には解けそうもありません。
「ずいぶん固く結《ゆわ》えてあるわね、これじゃなかなか取れやしない」
お角はもどかしがって、ついにその縄の結び目へ歯を当てました。
「小柄《こづか》を貸して上げようか」
甚三郎は見兼ねて好意を与えると、お角は首を振って、
「いいえ、結んだものですから解けそうなものですね、解けるものを切ってしまうのは嫌なものですから」
お角はしきりに縄の結び目へ歯を当てて、それを解こうとしましたが、いったいどんな結び方をしたものか知らん、ほんとに歯が立ちません。けれども、お角は焦《じ》れながらも、いよいよ深く食いついて、面《かお》をしかめながらも首を左右に振っています。
「おばさん、ずいぶん固く結えてあるでしょう、岩入坊《がんにゅうぼう》が縛ったんですからね、とても駄目でしょうよ、口では解けないでしょうよ、刃物で切っちまって下さい」
子供は、ややませた口ぶりで、お角のすることの効無《かいな》きかを諷《ふう》するように言いますから、こんなことにも意地になったものと見え、
「いま解いて上げるよ、結んだものだから解けなくちゃあならないんだから。切ってはなんだか冥利《みょうり》が尽きるわよ」
お角はしきりに縄に食いついて放そうともしません。
「岩入坊は縛るのが名人だからね、岩入に縛られちゃ往生さ」
子供は、こんなことを言いながら、お角のするようにさせておりました。
「あ、痛!」
あまり力を入れて、歯を食い折ったか、ただしは唇でも噛み切ったか、面《かお》を引いたお角の口許に、にっと血が滲《にじ》んでおりました。
「解けましたよ」
その時にお角は、クルクルと縄の一端を持ってほごしてしまいました。
子供の手を自由にしてやって、お角は元の座に戻り、紙をさがして口のあたりを拭きました。滲み出した血を、すっかり拭き取って平気な顔をしているから、大した怪我ではないでしょう。
「どうも有難う」
子供はそこで、お角と甚三郎の前へ両手を突いてお辞儀をします。
「清澄から、これまで一人で来たのか」
「エエ、一人で逃げて来ました」
そこで甚三郎は、じ
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