三郎の面《おもて》を流し目に見ると、取り出した短銃を膝の上へのせて微笑しているその面《かお》が、なんとも言われない男らしさと、水の滴《したた》るような美しさに見えました。
そこで、縁の下がひっそり[#「ひっそり」に傍点]としてしまいました。ミシミシと音を立ててお角の坐っていた下あたりに這い込んだらしい物の音が、急に静まり返って、兎の毛のさわる音も聞えなくなりました。
「逃げてしまいましたろうか」
「いや、逃げはせん、この下に隠れている」
お角が、おどおどしているのに、甚三郎は相変らず好奇心を以て見ているようです。
「いやですね、いやなお稲荷様に見込まれては、ほんとにいやですね」
お角は、座に堪えられないほど気味悪がっているのに、
「動けないのだ……」
と言って、甚三郎は膝の上にのせた短銃をながめているのであります。
「おや、小さな鉄砲。殿様は、いつのまにこんなものをお持ちになりました」
お角はその時、はじめて甚三郎の膝の上の短銃に気がついて、そうしてその可愛らしい種子《たね》が島《しま》であることに、驚異の眼を向けました。
「いつでもこうして……」
甚三郎が、それを手に取り上げて一方に覘《ねら》いをつけると、なぜかお角はそれを押しとどめ、
「殿様、おうちになってはいけません」
「なぜ」
「でも、お稲荷様を鉄砲でおうちになっては、罰《ばち》が当ります」
「罰?」
「ええ、そんなにあらたか[#「あらたか」に傍点]なお稲荷様を鉄砲でおうちになっては、この上の祟《たた》りが思いやられます」
「ばかなことを」
甚三郎はそれを一笑に附して、
「拙者も好んで殺生《せっしょう》はしたくはないが、畜生に悪戯《いたずら》されて捨てても置けまい」
「いいえ、どうぞ、わたしに免じて助けて上げてくださいまし、わたしはお稲荷様を信心しておりますから」
「稲荷と狐とは、本来別物だ」
「別物でも、おんなじ物でも何でもかまいませんから、そうして置いて上げてくださいまし、そのお稲荷様が嫉《そね》むなら嫉まして上げようじゃありませんか、ね、そうして置いてお話を承りましょうよ、わたしゃ化かされるなら化かされてもようござんす」
「きつい信心じゃ」
駒井甚三郎は苦笑いして、また短銃を膝の上に置くと、そのとき縁の下で、うーんとうなる声が聞えました。
「おや、殿様、人間でございますよ、お稲荷様じゃご
前へ
次へ
全103ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング