礼を加えたものがあって、それが逃げ出したと聞くと、纏《まと》まって米友をめあてに追蒐《おいか》けて来るらしいのであります。それがために竹屋の渡しの方へ逃げようと思っていた米友は、伝法院の前に逃げ込んでその塀に突き当りました。弥次馬はワイワイ言って、あとから追いかけて来るもののようです。
 そこで米友は、突き当った伝法院の塀へ、肩に引っかけていた梯子をかけてスルスルと上りました。
 米友が伝法院の塀へ上り終った時分に、弥次馬がその塀の下へ押しかけて来てワイワイと言って噪《さわ》ぎます。
 塀へ上ると米友は、その梯子を上からグッと引き上げて、また肩にかけて塀の上をトットと駈け出しました。
「それ、そっちへ行った、こっちへ来た」
 弥次馬は誰に頼まれて、何のために米友を追いかけて来たのだかわかりません。
 米友は追いかける弥次馬を尻目にかけて、塀の上をトットと渡って歩いたが、やがて塀から蛇骨長屋《じゃこつながや》の屋根の上へ飛びうつりました。長屋の屋根の下の者は驚いて外へ飛び出して、弥次馬と一緒になって騒ぐ時分には米友は、そこから飛び下りて淡島様《あわしまさま》の方へ一散に走って行きます。

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