の眼には、一人の殿様とやらが歩くのに、二百人も三百人も大の男がそのまわりにくっついて歩かねばならぬことの理由《わけ》がわからないのであります。その上に、こうしてせっかく市民が面白く見物をしたり、遊楽をしたりしている最中を、大手を振って押通り、押しが利かないと、この通り乱暴狼藉を働いて突破する、その我儘が通ることの理由もわからないのであります。それのみならず、この我儘と乱暴狼藉とを加えられながら、平生は人混みで足を踏まれてさえも命がけで争うほどの弥次馬が、意気地なくも、それお通りだ、鍋島様だ、三十五万石だ、池田様だ、三十一万石だと言って、恐れ入ってしまうことが分らないのであります。
 しるこ[#「しるこ」に傍点]の鍋を覆《くつがえ》されて、面《かお》や小鬢《こびん》に夥《おびただ》しく火傷《やけど》をしながら苦しみ悶えている光景を見た時に、米友の堪忍袋《かんにんぶくろ》が一時に張り切れました。
「ばかにしてやがら」
 梯子の上から一足に飛び下りました。飛び下りると共に、人の頭を渡って行って、拳を固めて手当りの近いところの侍の頭を、続けざまに三ツばかりガンと撲《なぐ》りました。
「手向いす
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