ン左衛門であり、丹波の国から生捕りました荒熊であり、唐人飴《とうじんあめ》のホニホロであり、墓場の幽霊であり、淡島《あわしま》の大明神であり、そうしてまた宇治山田の米友であります。
歯力《はりき》や、鎌倉節や、籠抜けが、修行を済まして本山へ帰った夕方、阿房陀羅経や、仮声使いの面々は山を下って、市中へ布教に出かけようとする黄昏《たそがれ》。
「おいおい、芸州広島の大守、四十二万六千石、浅野様のお下屋敷へ、俺《おい》らのお伴《とも》をして行く者はねえかな」
籠抜けの伊八は、商売道具の長さが六尺、口が一尺余りの籠を、右の小腕にかかえ込んで、誰をあてともなくこう言い出すと、
「芸州広島の大守、四十二万六千石、有難え、そいつは俺《おい》らが行こう」
横になって寝ていた丹波の国から生捕りました荒熊が答えると、
「お前じゃあ駄目だ」
籠抜けの伊八は、言下に荒熊を忌避しました。
およそ大道芸人のうちでも、丹波の国から生捕りました荒熊の如き無芸で殺風景なものはない。自分の身体を墨で塗り、荒縄で鉢巻をし、細い竹の棒を手に持って、人の店頭《みせさき》に立ち、
「ヘエ、丹波の国から生捕りました荒熊で
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