は、帯を締め直すような音がしました。
「拙者は水を浴びせられた、それでこの通り五体びっしょりになってしまった、衣裳を替えて待っているから直ぐに出て来さっしゃいよ、酒もあり肴《さかな》もあり、月もそろそろ上るはずじゃ」
 主膳はこう言い残して、またよろよろともとの座敷の方へ取って返します。
 ほどなく土蔵から下りて来た机竜之助は、生平《きびら》の帷子《かたびら》を着て、両刀を差して、竹の杖をついて、案内知ったらしいこの荒蔵《あれぐら》を一人で歩いて行きました。
 びっしょりになった浴衣を着換えた神尾主膳もまた、同じように生平の漆紋《うるしもん》で、前の座敷に盃《さかずき》を手にしながら待っていました。
「暑いな」
 竜之助が言うと、
「なかなか蒸《む》す」
 主膳は答えながら、竜之助の手を取って座敷へ延《ひ》いて坐らせ、
「まず、一献《ひとつ》」
 ここで二人は水入らずの酒盛《さかもり》をはじめる。主膳の機嫌は全く直って、調子よく竜之助に酌をしてやりながら、
「何か面白いことをして遊びたいものだな」
と言いました。
「左様、面白いことをして遊びたい」
 竜之助もまた同じようなことを言って
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