がおかしい、あッははは」
「ああ、口惜《くや》しい」
「何が口惜しい。なるほど、幸内は拙者の手にかけて亡き者にしてやった、お前の好きな幸内は拙者のためにならぬ故、亡き者にしたけれど、その代り、お前には別に好きな人を授けてやったはず」
「ああ、幸内がかわいそうだ」
お銀様は火を吐くような息を吐き、神尾の手から井戸縄を奪い取って、力を極めて車井戸を軋《きし》らせました。
「汝《おの》れ!」
神尾主膳は再びその井戸縄を奪い返そうとして、流しの板の上によろよろとよろめきます。それには頓着なく水を汲み上げたお銀様は、今、流しの板から起き上ろうとする神尾主膳の姿を見ると、むらむらと堪《こら》えられなくなったと見えて、
「エエ、どうしようか」
汲み上げた水を釣瓶《つるべ》のまま、ザブリと主膳の頭の上から浴びせてしまいました。
「やあ、慮外の振舞」
慌てて起き上ろうとするところを、お銀様は傍《かたえ》にあった手桶を取り上げて、中に残っていた水を柄杓《ひしゃく》ともろともに、畳みかけて主膳の頭の上から浴びせてしまいました。主膳としても不意であったろうし、お銀様としても、我を忘れた乱暴な仕打《しう
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