へ出て、雨戸を少しばかりあけて外を見ました。外を見たところで、この人の眼には内と同じことに、真暗な闇のほかに何も見えるのではありません。
 しかしながら、外はドードーと雨が降っています。風はあまりないようでありましたけれど、どこかの山奥で、海嘯《つなみ》のような音が聞えないではありません。その近いあたりは、なんでも一面の大湖のように水が張りきってしまったらしく、その間を高張提灯《たかはりぢょうちん》や炬火《たいまつ》が右往左往に飛んでいるのは、さながら戦場のような光景でありました。その戦場のような光景はながめることはできないながら、その罵り合う声は、明瞭に竜之助の耳まで響いて来るのであります。
 その騒がしい声と、穏かならぬ光景とを聞いたり想像したりしてみても、空《むな》しく気を揉《も》むばかりであります。
 竜之助は雨戸を立て切って、また前のところへ帰りました。この出水も気になるし、お銀の帰りも気になるけれど、なんとも詮術《せんすべ》はありません。竜之助は一人で蒲団《ふとん》を取り出して、荒々しくそれを展《の》べて横になりました。外では半鐘の声がしきりなしに聞えるのに、内では、これも
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