す」
金助は、ぺらぺらと兵馬の前も憚《はばか》らず、こんなことを言いました。
これから心を入れ換えて忠義を尽しますという口の下から、もういい気になって吉原の話であります。
兵馬がそれを黙って聞いていると、金助は自分の放蕩した時代のことを、得意になって喋り立てました。その揚句に、
「あなた様は吉原へおいでになったことがございますか、大門《おおもん》をお潜りになったことがございますか」
「まだ行ったことはない」
「では、一度お伴《とも》を致しましょう、ナニ、一度は見てお置きにならなければ、出世ができないという譬《たと》えがございます」
「そんな譬えは聞いたことがない」
「一度は見物にいらっしゃいまし、私は江戸へ着きまして、この荷物を宿へ置いたらその足で、吉原へ行ってみるつもりでございます。こんなことを申し上げると、いかにも馬鹿野郎のようでございますけれど、正直のところ、私共なんぞはそれでございますよ、行く末、英雄豪傑になれるというわけのものではなし、また大した金持になれようという見込みもあるのじゃあございませんですから、いいかげんのところでごまかしてしまうんでございますよ。何楽しみに
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