と言って、長州へ味方をしたからと言って、天下の大勢にはいくらの影響もあるものでないことは、二人ともよく知っているはずであります。二人もまた、決して尊王愛国のために京都へ面を出したのではありますまい。思うに、甲州から関東へかけては二人の世界がようやく狭くなってくるし、ちょうど幸いに、公方様《くぼうさま》は上方へおいでになっているし、江戸はお留守で上方が本場のような時勢になっているから、一番、こっちで、またいたずらを始めようという出来心に過ぎますまい。
「兄貴、上方には美《い》い女がいるなあ、随分美い女がいるけれど、歯ごたえのある女はいねえようだ、口へ入れると溶けそうな女ばかりで、食って旨《うま》そうな奴は見当らねえや」
 まだ宿へ着かない先に、町の中でがんりき[#「がんりき」に傍点]がこんなことを言いながら、町を通る京女の姿を見廻しました。
「この野郎、よくよく食意地《くいいじ》が張っていやがる」
 七兵衛は、こう言って苦笑《にがわら》いをしました。

         五

 この二人が京都へ入り込んだのと前後して、甲州から江戸へ下るらしい宇津木兵馬の旅装を見ることになりました。
 恵
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