へ帰ったということだ」
「そいつは表面《うわべ》のことなんだ、内実は穢多《えた》のために生捕られたという評判よ」
「それも裏の裏で、おれが思うには、まだ裏があると思うんだ」
「してみると神尾は江戸へも帰らず、穢多にも捉まらずに、無事にどこかに隠れているとでも言うのか」
「そうよ、あいつはどう見ても、穢多に取捉《とっつか》まるような男でねえ、あの奴等にしたからっても、なんぼ何でもお組頭のお邸へ火をつけて、大将を浚《さら》って行くなんて、それほどの度胸があろうとは思われねえじゃねえか」
「なるほど、そういえばそんなものだが、それにしちゃあ狂言の書き方が拙《まず》いな、拙くねえまでもあんまり綺麗《きれい》じゃねえ」
「どのみち、あの大将も破れかぶれだから、トテも上品な狂言を択《えら》んじゃあいられねえ、そこで病気を種につかってみたり、穢多を玉にしてみたり、どうやらこれで一時を切り抜いたものらしいよ」
「ふむ、そうすると病気も穢多も、みんな狂言の種かい」
「あの火事までが狂言だとこう睨《にら》んでるんだが、どんなものだ。あの大将、いよいよ尻が割れかかって、どうにもこうにも始末がつかねえから、そ
前へ 次へ
全200ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング