「なるほど」
「さあ、お前が躑躅ケ崎へ行くというなら、拙者も徽典館《きてんかん》へ行くことをやめて、お前と一緒に躑躅ケ崎へ行く、案内してくれ」
「そいつは困りましたな、そんな駄々をこねて下すっては困ります、お帰りなさいまし、ここからお帰りなすっておくんなさいまし」
「金助!」
 兵馬は金助の手首を取って、グッと引き寄せました。
 兵馬に強く手首を取られたものだから、金助は狼狽《うろた》えました。
「ナナ、何をなさるんで」
「拙者を躑躅ケ崎まで連れて行ってくれ」
「そりゃいけません」
「なぜいかんのだ」
「そりゃいけません」
「神尾主膳殿に会いたいのだ」
 こう言って引き寄せた兵馬の言葉が、あまりに鋭かったから金助もやや激昂《げっこう》して、
「おやおや、お前様は、私をどうしようと言うんで。おや、お前様は鈴木様の御次男様ではねえのだな」
「金助、ほかに見覚えはないか」
「知らねえ」
「よく考えてみろ」
「何だか知らねえけれど、放しておくんなせえ、放さねえと為めになりませんぜ、それこそお怪我をなさいますぜ」
 金助が振り切ろうとするのを兵馬は、地上へ難なく取って押えました。
「金助」

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