も、お口くらいはお利《き》きになるでごぜえましょう、どうか、神尾の殿様にお願い申して、長吉と長太とを返していただきてえんでございます、それがために仲間のものが、こうして揃って参《めえ》りましたんでございます」
「そのような者は御主人は御存じがない、ほかを探してみるがよい」
「駄目でございます、ほかを探したって、ほかにいるはずのもんでごぜえません、こちらの殿様にお頼まれ申して参りましたのが、今日で二十日になるけれども、まだ帰って参らねえのでございます」
「左様なことはこちらの知ったことではない、それしきのことに、斯様《かよう》に仰々《ぎょうぎょう》しく多勢が打連れて参るのは、上《かみ》を怖れぬ振舞、表沙汰に致すとその分では済ませられぬ、今のうちに帰れ、帰れ」
「こちら様の方では、それしきのことでございましょうが、私共の方にはなかなかの大事でごぜえます、長吉にも長太にも、女房もあれば子供もあるでごぜえます、亭主を亡くなした女房子供が、泣いているのでございます」
「くどいやつらじゃ、左様なことは当屋敷の知ったことではないと申すに」
「お前様にはわからねえでごぜえます、殿様でなければわからねえ
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