、あれから犬はどこへ行ったやら。いま出逢った犬が、どうもその犬であるような気がしてならぬ。
斬らんとして斬り損じたことが、今宵に限って、まだ疑問として残されていたけれど、それがために血に渇《かわ》いている心の渇きは、癒《いや》されたものとは思われません。
犬と人とをもろともに橋の下へ斬り落して、いや、斬り損じて落して、直ぐに刃《やいば》を納めて、橋上を西へ走りました。幸いにして橋番にも怪しまれずに、一気に広小路から元柳橋を越えて、ここの塀下に立ってみると、病み上りの身には、ほとんど堪え難い息切れがします。
しかし、ともかくここまで来たのは、これから河岸を新大橋へ廻って、新大橋を渡って、弥勒寺橋《みろくじばし》の長屋へ帰るつもりと思わねばなりません。けれどもそれはこのまま、すんなりとは帰れますまい。
市中の見廻りや辻番が怖いとならば、それは出て来た時も同じこと。このままで帰れないのは、途中のそれらの心配ではなくて、人を斬らんとして斬り損じたことは、水を飲まんとして飲み損じたものと同じことであります。人を斬ろうとして家を出たものが斬らずに帰ることは、水を飲まんとして井戸へ行ったもの
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