の紋に初めて気がつきました。
ちょうどその時であります、行手の両国橋の上で、
「あれ――危ない」
という声。
柳の蔭へ槍を隠して橋を渡ろうとした米友は、この声を聞くと共に、その槍を押取《おっと》って驀然《まっしぐら》に駈け出しました。
この時にあたっての米友は、もはや辻番の咎《とが》めを顧慮している遑《いとま》がありません。隼《はやぶさ》のように両国橋の上を飛びました。その時分に、橋の真中のあたりの欄干から身を躍らして……川をめがけて飛び込んだものがあるらしい。
「助けて――」
絶叫と共に、ざんぶと水の音が立ちました。米友は橋の欄干に、一領の衣類がひっかかっているのを見ました。それは身分ある女の着るべき裲襠《うちかけ》であります。
「おい、どうしたんだ」
提灯《ちょうちん》をかざして橋の下を見ると、波の上に慥《たしか》に物影があって、しきりに浮きつ沈みつしていることを認めました。
「はい、ムクがいるから助かります、この犬が、わたしを助けてくれます」
水の中から人の声。
「ナニ、ムクだって? 犬がお前を助けるんだって、それじゃあお前は、君公だな」
米友は、橋の板を踏み鳴らし
前へ
次へ
全200ページ中183ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング