然めぐり会ってみると、不思議に堪えないながらも、さすがに懐しい心持が湧いて来ないでもありません。
「おや、お前はムクではないか」
と言った時に、ムクの後ろから少し離れた土手の上に、人の影が一つ見えることに、はじめて気がつきました。
 お銀様にとってはついぞ見たことのない人、しかもそれは年増盛《としまざか》りの水気の多い女の人、この辺ではあまり見かけない肌合の、小またの切れ上った女の人が余念なく自分の方を見ていたから、お銀様もまぶしそうにその年増の女を見返していると、向うから丁寧に腰をかがめて笑顔を見せました。お銀様もそれに返しのお辞儀をしました。
「ムクや、ムクや」
 その年増の女の人が、やさしい声をして犬を呼びました。果してこの犬の名をムクという。ムクの名を知っている上は、お君に縁ある人に違いない、と思っているうちに、その年増の女は土手を下って、お銀様に近い川の岸の蛇籠《じゃかご》の傍へやって来ました。
 この年増の女、お銀様にはまだ知己《ちかづき》のない人でしたけれども、これはお君のもとの太夫元、女軽業の親方のお角《かく》であります。ここでムク犬が、お銀様とお角とを引合せる役目をつ
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