ございます、それ故にわたくしは、どのようなことがあっても能登守の子としては育てません、わたくしの子として育てて参ります。それよりか、わたくしはいっそ難産で、この子と一緒に死んでしまえば、それに越したことはないと思っているのでございますよ」
「まあ、聞いてさえゾッとします、わたしはそんなことを聞きたくはありません、もっと面白い話をしましょうよ」
 お松は力一杯に、お君を慰めようとします。
 お君は何を考えたかハラハラと涙をおとしていたが、ふらふらと立ち上りました。
「お君さん、どこへいらっしゃるの」
「はい、わたしは、間《あい》の山《やま》へ」
 その瞳《ひとみ》の色が定まっておりませんから、お松は怖ろしいほど心配になって、
「まあ、お話がありますから、お坐りなさいませ」
 強《し》いてお君の袖を引いて引留めました。
 それからお松は、お君のために心配のあまり、神田の和泉町《いずみちょう》の能勢様《のせさま》というのへ参詣をすることになりました。
 和泉町の能勢様というのは、四千八百石の旗本で、そのお屋敷のうちにお稲荷様があって、そのお稲荷様から能勢の黒札というお札が出る。お札の表には正
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