も、お口くらいはお利《き》きになるでごぜえましょう、どうか、神尾の殿様にお願い申して、長吉と長太とを返していただきてえんでございます、それがために仲間のものが、こうして揃って参《めえ》りましたんでございます」
「そのような者は御主人は御存じがない、ほかを探してみるがよい」
「駄目でございます、ほかを探したって、ほかにいるはずのもんでごぜえません、こちらの殿様にお頼まれ申して参りましたのが、今日で二十日になるけれども、まだ帰って参らねえのでございます」
「左様なことはこちらの知ったことではない、それしきのことに、斯様《かよう》に仰々《ぎょうぎょう》しく多勢が打連れて参るのは、上《かみ》を怖れぬ振舞、表沙汰に致すとその分では済ませられぬ、今のうちに帰れ、帰れ」
「こちら様の方では、それしきのことでございましょうが、私共の方にはなかなかの大事でごぜえます、長吉にも長太にも、女房もあれば子供もあるでごぜえます、亭主を亡くなした女房子供が、泣いているのでございます」
「くどいやつらじゃ、左様なことは当屋敷の知ったことではないと申すに」
「お前様にはわからねえでごぜえます、殿様でなければわからねえでごぜえます、殿様にお目にかかって、長吉の野郎と長太の野郎が、生きているのか死んでしまったのか、そこんところをお伺い申してえんでございます」
「黙れ、穢多《えた》非人《ひにん》の分際《ぶんざい》で」
「黙らねえでございます、穢多非人で結構でございます、穢多非人だからといって、そう人の命を取っていいわけのものではごぜえますめえ、長吉、長太は犬を殺すのが商売でございます、それで頼まれて来たもんでございます、殿様に殺されに来たもんではねえのでございます」
「御主人に対して無礼なことを申すと、奉行に引渡すぞ」
「引渡されて結構でごぜえます、眼のあいたお奉行様にお願《ねげ》え申して、長吉、長太の野郎をかえしていただきましょう、長吉、長太をかえして下されば、わしらは、牢屋へブチ込まれてもかまわねえんでごぜえます」
「よし、一人残らず引括《ひっくく》るからそう思え」
「おい、みんな、一人残らず引括りなさるとよ、ずいぶん引括っておもらい申すべえじゃねえか」
「そうだ、そうだ、引括られるもんなら、みんな一度に引括っておもらい申してえもんだ」
「引括られるとしても、薪《まき》ざっぽうや麦藁《むぎわら》とは
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